「今日は」と抑《そもそも》天気の挨拶からゆる/\とはじめる田舎《いなか》気質《かたぎ》で、仁左衛門さんと隣字の幹部の忠五郎さんとの間には、芝居《しばい》の科白《せりふ》の受取渡しよろしくと云う挨拶が鄭重《ていちょう》に交換される。輪番《りんばん》に主になったり、客になったり、呼びつ喚ばれつ、祭は村の親睦会だ。三多摩は昔から人の気の荒い処で、政党騒ぎではよく血の雨を降らし、気の立った日露戦争時代は、農家の子弟が面|籠手《こて》かついで調布まで一里半撃剣の朝稽古に通ったり柔道を習ったりしたものだが、六年前に一度粕谷八幡山対烏山の間に大喧嘩《おおげんか》があって、仕込杖《しこみづえ》が光ったり怪我人が出来たり長い間|揉《も》めくった以来、此と云う喧嘩の沙汰も聞かぬ。泰平有象《たいへいしょうあり》村々酒《そんそんのさけ》。祭が繁昌すれば、田舎は長閑《のどか》である。
十
十月だ。稲の秋。地は再び黄金の穂波が明るく照り渡る。早稲《わせ》から米になって行く。性急《せいきゅう》に百舌鳥《もず》が鳴く。日が短くなる。赤蜻蛉《あかとんぼ》が夕日の空に数限りもなく乱れる。柿が好い色に照って来る。ある寒い朝、不図《ふと》見ると富士の北の一角《いっかく》に白いものが見える。雨でも降ったあとの冷たい朝には、水霜がある。
十月は雨の月だ。雨がつゞいたあとでは、雑木林に茸《きのこ》が立つ。野ら仕事をせぬ腰の曲った爺さんや、赤児を負ったお春っ子が、笊《ざる》をかゝえて採りに来る。楢茸《ならたけ》、湿地茸《しめじだけ》、稀に紅茸、初茸は滅多になく、多いのが油坊主《あぶらぼうず》と云う茸だ。一雨一雨に気は冷えて行く。田も林も日に/\色づいて行く。甘藷《さつま》が掘られて、続々都へ運ばれる。田舎は金が乏しい。村会議員の石山さんも、一銭|違《ちが》うと謂うて甲州街道の馬車にも烏山から乗らずに山谷《さんや》から乗る。だから、村の者が甘藷を出すにも、一貫目につき五厘も値《ね》がよければ、二里の幡《はた》ヶ谷《や》に下ろすより四里の神田へ持って行く。
茶の花が咲く。雑木林の楢に絡《から》む自然薯《じねんじょ》の蔓《つる》の葉が黄になり、藪《やぶ》からさし出る白膠木《ぬるで》が眼ざむる様な赤《あか》になって、お納戸色《なんどいろ》の小さなコップを幾箇も列《つら》ねて竜胆《りんどう》が咲く。
前へ
次へ
全342ページ中94ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
徳冨 健次郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング