って、戸を締めないで置くもんだから不用心で仕様が無いって。」
「へーえッ! あの婆さんが、そう言った。※[#「言+墟のつくり」、第4水準2−88−74]だ! 年寄に其様なことが、一々分る道理《わけ》が無いもの。」
「それでも、お母さんが、そう言ったって。お母さんですよ。違やあしませんよ。……あれで矢張し吾が娘《こ》に関したことだから、幾許《いくら》年を取っていても、気に掛けているんでしょうよ、……何うしても雪岡という人は駄目だから、お前も、もう其の積りでいるが好いって、お雪さんに、そう言っていたそうですよ。」
「へーえッ! そうですかなあ! 本当に済まないなあ!」私は真《しん》から済まないと思った。
「ですからお雪さんだって、あなたの動静《ようす》を遠くから、あゝして見ているんですよ。嫁《かたづ》いてなんかいやしませんよ。」
「そうでしょうか?」
「そうですよ。それに違いありませんよ……此の間も私の話を聞いて、お雪さん、独りで大層笑っていましたっけ……私が、『お雪さん、雪岡さんがねえ。時々私の家《ところ》へ来ては、婆やのように、おばさん/\と、くさやで、お茶漬を一杯呼んで下さいと言って、自家《うち》に無ければ、自分で買って来て、それを私には出来ないから、おばさんに焼いて、むしってくれって、箸を持ってちゃんと待っているのよ。』と言ったら、お雪さんが、『まあ! 其様なことまでいうの? 本当に雪岡には呆れて了う。おばさんを捉《つかま》えて私に言う通りに言っているのよ。』と独りではあはあ[#「はあはあ」に傍点]言って笑っていましたよ。」と婆さんは、言葉に甘味《うまみ》を付けて、静かに微笑《わら》いながら、そう言った。
私も「へーえ、お雪公、其様なことを言っていましたか。」と言いながら笑った。
淫売婦《いんばい》と思えば汚いけれどお宮は、ひどく気に入った女だったが、彼女《あれ》がいなくなっても、お前が時々、矢来《ここ》へ来て其様なことを言って、婆さんと、蔭ながらでも私の噂をしているかと思えば、思い做しにも自分の世界が賑かになったようで、お宮のことも諦められそうな気持がして、
「矢張り何処に居るとも言いませんでしたか。」
と、訊ねて見たが、婆さんも、
「言わないッ! 何処にいるか、それだけは私が何と言って聞いても、『まあ/\それだけは。』と言って何うしても明さない。」
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