」と、普通《あたりまえ》に言った。私は、それを開いて、腹では一寸|妬《や》けた。
「何うも御馳走さま! ……宮ちゃん男を拵えるのが上手と思われるナ。……そりゃまあ、学生と娘と関係するなんか、ザラに世間にあることだから、悪くばかしは言えない。が、其の吉村という人とそんな仲になって、それから何ういう理由《わけ》で、その男を逃げ隠れをするようになったり、またお前が斯様《こん》な処に来るような破目《はめ》になったんだ?」私は、何処までも優しく尋ねた。
「吉村《それ》も道楽者なの。」と、言いにくそうに言った。「あなたさぞ私に愛想が尽きたでしょう。」
「ふむ……江馬さんも温順《おとな》しい、深切な人であったが、下宿屋の娘と食付いたし、吉村さんも道楽者。……成程お前が、何時か『男はもう厭!』と言ったのに無理はないかも知れぬ。……私にしたって、斯うして斯様な処に来るのだから矢張り道楽者に違いない。……が、併しその人は何ういう道楽者か知らないが、道楽者なら道楽者として置いて、君が斯様な処に来た理由が分らないな。私には、私だって、つき合って見れば、此の土地にいる女達《ひとたち》も大凡《おおよそ》何様《どん》な人柄のくらいは見当が付く。先達て私の処に初めて寄越した手紙だって『……、多くの人は、妾等の悲境をも知らで、侮蔑を以って能事とする中《うち》に、流石は、同情を以って、その天職とせる文学者に初めて接したる、その刹那の感想は……』――ねえ、ちゃんと斯う私は君の手紙を諳記しているよ。――その刹那の感想はなんて、あんな手紙を書くのを見ると、何うしても女学生あがりという処だ。何うも君の実家《うち》だって、そう悪い家だとは思われない、加之《それに》宮ちゃんは非常に気位が高い。随分大勢女もいるが、皆な平気で商売しているのに君は自分が悲境にいることをよく知っていて、それほど侮蔑を苦痛に感じるほど高慢な人が、何うして斯様な処に来たの? ……可笑《おかし》いじゃないか。えッ宮ちゃん?」
 けれどもお宮は、それに就いては、唯、人に饒舌《しゃべ》らして置くばかりで、黙っていた。そうして此度は其の男を弁護するかのように、
「そりゃ初めはその人の世話にも随分なるにはなったの。……あなたの処に遣った、その手紙に書いているようなことも、私がよく漢語を使うのも皆其の人が先生のように教育してくれたの。……けれど、学資が
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