だった。――心もち平面《ひらおもて》の、鼻が少し低いが私の好きな口の小さい――尤も笑うと少し崩れるが、――眼も平常《いつも》はそう好くなかった。でもそう馬鹿に濃くなくって、柔か味のある眉毛の恰好から額にかけて、何処か気高いような処があって、泣くか何うかして憂いに沈んだ時に一寸々々《ちょいちょい》品の好い顔をして見せた。そんな時には顔が小く見えて、眼もしおらしい眼になった。後には種々《いろん》なことから自暴酒を飲んだらしかったが、酒を飲むと溜らない大きな顔になって、三つ四つも古《ふ》けて見えた。私も「どうして斯様な女が、そう好いのだろう?」と少し自分でも不思議になって、終《しまい》には浅間しく思うことさえもあった。肉体《からだ》も、厚味のある、幅の狭い、そう大きくなくって、私とはつりあいが取れていた。
で、その女をよく見ると、「あゝ斯ういう女がいたか。」と思った。それが、その女が私の気に染み付いたそも/\だった。そうすると、私の心は最早《もう》今までと違って何となく、自然《ひとりで》に優《やさ》あしくなった。
静《じっ》と女の指――その指がまた可愛い指であった、指輪も好いのをはめていた――を握ったり、もんだりしながら、
「君は大変綺麗な手をしているねえ。そうして斯う見た処、こんな社会に身を落すような人柄でもなさそうだ。それには何れ種々《いろん》な理由《わけ》もあるのだろうが出来ることなら、少しも早く斯様な商売は止して堅気になった方が好いよ。君は何となしまだ此の社会の灰汁《あく》が骨まで浸込んでいないようだ。惜しいものだ。」
人間というものは勝手なものだ。斯様な境涯に身を置く人に同情があるならば、私は何《ど》の女に向っても、同じことを言う理由《はず》だが、私は其の女にだけそれを言った。そう言うと、女は指を私に任せながら、黙って聞いていた。
「名は何というの?」
「宮。」
「それが本当の名?」
「えゝ本当は下田しまというんですけれど、此処では宮と言っているんです。」
「宮とは可愛い名だね、え。……お宮さん。」
「えッ。」
「私はお前が気に入ったよ。」
「そうオ……あなたは何をなさる方?」
「さあ何をする人間のように思われるかね。言い当てゝ御覧。」
そういうと、女は、しお/\した眼で、まじ/\と私の顔を見ながら、
「そう……学生じゃなし、商人じゃなし、会社員じゃなし
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