んがさういつてゐました。それは面白うございましたよ。皆で勝手にいろんな面白いことをいひながら。」
それでまた私は心動いて、箸を置くと嬉々《いそ/\》しながら渇を覺えた時の用意にと、大きな梨を二つ懷に入て例の櫻のステッキを杖ついて、湯の花澤へゆく道から左に折て急がぬやうに登つていつた。道は暫く淺い溪の底を歩いて左右から蔽ひかかつた苅萱の間を迂囘しつゝ進んでゆく。ところ/″\に粗雜な休み臺がしつらへてあつたり、道の急なところには丸太を横へて磴道を設けてあつたりする。私は三歩にしては憩ひ、五歩にしては振顧つて上つて來たあとを眺めしてゐるうちに次第に自分のゐる處は高くなつていつた。そして知らぬ間に浴舍の直ぐ背後に聳つ寶藏岳は自分の脚下になつてゐた。自分の位地が高くなるにつれて四邊の峯々がまた漸次高標を増し、雄偉の度を加へて來た。双子山、聖ヶ岳、明星ヶ岳、明神ヶ岳は折から午後の秋の陽を全山に浴びて、愈々靜寂の容を示してゐる。山下の坦々たる一と筋の新道は双子山の裾をめぐつて長いリボンを展べたやうに遠く、駒ヶ岳の尾を引いてゐる彼方の高原の果にいつて沒してゐる。尚ほ見返り/\段々登つてゆくに從ひ、蘆
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