2−22]平な處に、岩崎男爵家のコッテージ風の別莊がある。丁度スチュヂオなどの繪画雜誌で見る如きピクチュアエスクな家造りで、初め、あれが岩崎男爵家の別莊と聞いた時には、すぐ吾々の平生の心の習慣から富豪の獨占を嫉み憤る念がちよいと頭を擡げかけたけれど、それも仕方がないと稍※[#二の字点、1−2−22]諦め心地になりつゝ尚ほ凝乎と眺めてゐると、もしこのコッテージがなかつたならば、荒蓼として見えるべき箱根の風景が、寧ろそれあるがために自然の景致に一點の情味を加へて、却つて親しみのあるものに感じられて來るのである。其等の風光に見惚れてゐるうちに舟はいつの間にか塔ヶ島の鼻をめぐつて元箱根から八町の杉並木を一眸に見渡されるところに進んできた。私はその時見たくらゐ杉の色の美しさを未だ嘗て見たことがなかつた。日光の東照宮山内の杉の色の美しさも忘れることが出來ぬのであるが、しかしその時湖の上からある距離を置いて遠く眺めた蘆の湖畔の杉の色の美しさといふものはない。どんな天才が丹青の妙技を凝しても、その杉の色の美はとても人工で描き出せるものではないと思ひながら、私は飽くことなく、ぢつとその杉の美に見惚れてゐ
前へ 次へ
全27ページ中12ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
近松 秋江 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング