って強請《せが》んで来るからそうでもするよりほかにしかたがなかろうと思ったのです」
そういうと女あるじは幾らかこちらの事情も分ったように、
「三野村さんもずっと前に一度そんなことをお園さんに勧めたことがあったのどす。そんなことせられては私の方かて黙って見ておられんさかい、それでお園さんを長いこと三野村さんのお花にはやらんようにしてたのどす。そりゃあの人のことでは何度も揉めたことがあるのどす。あんたはんのいまおいいやす、あの時かて大変どした。お園さんもまた三野村さんのことやいうとあんなおとなしい人が本気になるのやもの……」
私はまたその四、五年前の当時女から悲しい金の工面を訴えて来た時のことを繰り返して思い浮べながら、
「しかし、そうであったかなあ。……」と、その時の女の心底を考え直してみた。「じゃその時私が彼女《あれ》からいって来ただけの金を調えて送ったら、それで脚を抜いて、そして体は私の方に来ないで三野村の方に往ってしまったな」
女あるじは真正面《まとも》に私の顔を見て、
「ええ、そしたらもう三野村さんの方にいてしまう気どしたのどす」
それでもまだ私は小頸を傾けて、
「そうでしょうかなあ。その時は無論三野村が離れずついているから、たといお園の方では自分だけの一存で私に金を頼んで来たのであっても、自由な体になってしまえば三野村がすぐ浚《さら》って去《い》ったにちがいない。……その時一日に追っかけて二度もよこした手紙が幾十通となく、今までも蔵って私は持っています。それで見ると、まさか※[#「言+墟のつくり」、第4水準2−88−74]ばかりで私に頼んだものとは自惚《うぬぼ》れか知らぬがどうしてもそう思えないなあ」
私はひとり語のようにいって、心の中でその時血の出るような苦しい金の才覚をした悲しい記憶を呼び起した。すると女主人も思案するような顔をして、
「ふむ――変どすなあ……そやけどお園さんは、ええようにいうてお客さんを騙《だま》してお金を取るような悪い知恵のまわる人やない。私のとこに七年も八年もいたのどすさかい、あの人の気性は親よりも誰よりも私が一番よう知っています。商売かて方々渡って歩いたりしたこともないし、初めて私のところから出て廃めるまで一つところにいて、長い間商売はしてもいつまでも素人《しろうと》のとおりどした。三野村さんかて、お園さんがあんたから貰
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