ちがいない。私もやっぱり女の起居《たちい》振舞などのしっとりして物静かなところが不思議に気に入っているのであった。そして、三野村の惚れようが傍《はた》の見る眼も同情に堪えないくらいそれはそれは切ないものであったことを女主人がしきりに繰り返していうのを聴かされると、またしても私がその三野村にまた輪をかけたほど惚れているのに、それを遺憾なくわからす術《すべ》のないのが焦躁《もどか》しかった。そして、
「私だってあの女には真実《ほんと》に惚れているんですよ」といったが、幾ら真剣なところを見せようとしても、それをそのとおり受け入れてくれそうにないので、半ば戯談にまぎらして、いっているよりほかなかった。
 女主人はこっちの見ているとおり、そういってもただ、
「ええ」と心にもない義理の返辞をしているに過ぎなかった。そして三野村の話をしかけさえすれば好い機嫌で向うから進んでいろんな話をそれからそれへとするのであった。
「じゃその人はここへ――あなたのところへ来たのですな」
「ええもう始終ここへ来てはったのどす。……ひところよう来てはったなあ」女あるじは若奴の方に話しかけた。
「よう来てはりましたなあ」
 私は、そんなことからすでにその男の敵でなかったことを思った。自分もずっと以前ならば、惚れた女の抱えられている家へ入り込んで行くくらいのことをしかねない人間ではあったが、どこまでも自分の顔を悪くしないで手際《てぎわ》よく事を運びたいとあまり大事を取り過ぎたのがいけなかった。やっぱりこういうことは押しが強くなくってはいけないのだと今さらのように心づきながら、
「そうですか……始終こちらへ来ていたのですか」私は思わずそれを繰り返してしばらく開いた口が塞《ふさ》がらなかった。
 女主人は顔で若奴の坐している長火鉢の横を示しながら、
「ようここへお園さんと二人で並んで私とこのとおりに話してはりましたがな、家でもお園さんとよう泊まりやはった」
 彼女の語ることは向うではその心でなくても言々句々縦横無尽に私の肺腑を刺した。私は真実胸の痛みを撫《な》でるようにしながら、
「そうですか。……しかし私には幾ら惚れていてもその女の抱えられている屋形《やかた》まで押しかけてゆくのは何となく遠慮があって、それは出来なかったのです」私は自分の慎みをいくらか誇りかにいうと女主人はそんなことは無用のことだという
前へ 次へ
全50ページ中42ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
近松 秋江 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング