にはない。それと同じ姓は、この隣村の何がし村の聞き違えではないか、その村には藤村という姓が多いという。しかしその村もやっぱり鷲峰山《しゅほうざん》という高い山の麓になっているので、そこまで入って行くには、どちらからいっても困難であるが、まだここから行くよりも、ここから三つめの停車場の加茂から入って行った方がいいが、それでも五、六里の道である。そちらからならば俥《くるま》が通うかも知れぬといって教えてくれた。
 大河原ということは、今度の場合に限らずこれまでもたびたび母親の口から聞いているので、そんな人間が実存するなら大河原にちがいはなかろうと思ったが、あの連中の言うことには、どんな虚構があるかも知れぬ。もしや、その隣村ではあるまいかと思案して、ここまで乗りかかったついでに、どこまでも追究せずにはいられない気がするので、私はそこまで探ね入って行く決心をした。南山城の相楽《さがら》郡といえばほとんど山ばかりの村である。そこに峙《そばだ》っている鷲峰山は標高はようやく三千尺に過ぎないが、巉岩《ざんがん》絶壁をもって削り立っているので、昔、役《えん》の小角《おづぬ》が開創したといわれている近畿
前へ 次へ
全89ページ中85ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
近松 秋江 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング