った。松井の女あるじの今なお一見、二、三十年前この土地で全盛を謡《うた》われたことを偲《しの》ばしめるに反して、お繁婆さんの方は標致《きりょう》もわるく、見るから花車婆《やりてばあ》さんのような顔をしていた。それでも話してみると、わけは割合によくわかる方で、お繁さんは笑顔で、
「おこしやす。えらいお久しぶりどす」と、いって、打ち融《と》けて挨拶《あいさつ》をして、
「えらい端の方でお気の毒さんどすが、今ちょっと奥が取り込んでいますよって、ここで失礼いたします」と、いって、婢衆《おなごしゅ》に座蒲団を持って来さして、私にすすめる。
「ええ、もう、どうぞ構わないで下さい」と、私は小さくなって、そこの玄関の二畳の間に差し向って坐った。
そこで、さっき電話で聞いた女のことを改めて問い糺すと、お繁さんは、率直な調子で、
「お園さんはもう半月ばかり前にひどい病気になりまして、それで引きました」
「はあ、ひどい病気で……」私は、そういって、すぐ心の中ではあの繊細《かぼそ》い彼女の美しく病み疲れた容姿《すがた》を思い描きながら、
「この土地に長くいると、そんなことになるだろうと思っていたのだ。だから
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