定《き》めたのであった。欲《ほ》しい女が思うように自分の所有《もの》にならぬためにそんなに気が欝いでいるせいか、そのころ私はちょっとしたことにもすぐ感傷的になりやすくなっていた。田舎から出て来て宿に着いたその晩も、そうして京都に出て来てみると、しばらく滞留していた田舎のことなどが、胸に喰《く》い入るように哀れに感じられたりして、私は、どうすることも出来ないような漂泊《さすらい》の悲哀と寂寞《せきばく》とに包まれながら、ようやくのことで、その宿で第一の夜を明かしたのであった。
 そして明けても暮れても女のことばかり一途《いちず》に思いつめていると気が苦しくなってしかたがないので、かねてからこの秋は、見ごろの時分をはずさず高雄の紅葉を見に往きたいと思っていると、幸い翌日《あくるひ》はめずらしい朗らかな晩秋の好晴であったので、宿にそれといいおいて、午少し前からそっちへ遊山《ゆさん》に出かけていった。時は十一月の二十四日であった。電車のきく北野の終点まで行って、そこから俥で洛西《らくせい》の郊外の方に出ると、そこらの別荘づくりの庭に立っている楓葉《ふうよう》が美しい秋の日を浴びて真紅《まっか》
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