たそちらの方の空には、もういつしか、わびしい時雨雲《しぐれぐも》が古綿をちぎったように夕陽《ゆうひ》を浴びてじっと懸《か》かっている。陰気な冬はそこから湧《わ》いてくるのである。この四、五年来そのことのみを思いつづけて、ほとほと思い疲れてしまった私は、どうかして女のことをなるべく思うまいとして、いくら掻《か》き消すようにしても綿々として思い重なってくる女のことを胸から追い払うようにして、洛中洛外《らくちゅうらくがい》をさまよい歩いて、時としては人気のない古い寺院などに入っていって、疲れ爛《ただ》れた脳を休めるようにしていた。
四
十月の末から私はまた一と月ばかり中国の方の田舎に帰っていた。心に浮かぬことがあるので田舎は少しも面白いこともなかったが――もっとも面白かろうと思って往ったのではなかったけれど――ことに、この年は初めて悪性の世界的流行感冒が流行《はや》った秋のことで、自分もその風邪《かぜ》に罹《かか》ったが、幸いにして四、五日の軽い風邪で済んだ。けれども、その年はそんな悪性の風邪が流行するほどあって、例年ならば美しい小春日の続くころに、毎日じめじめとした冷たい雨
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