ぐに手に捕《つか》まりそうで、さて容易に捉《つか》まらないというような心地のするのがその女であった。
 どちらにしても纏《まと》まった金を幾らか調《ととの》えてからでなければ、たとい会ってみたところで、今までのとおりであると思って、格別|逢《あ》おうともせず、ただ、籠《かご》の中に飼われている鳥のように、番をしていないからとて、めったに、いなくなることもあるまいと、常に心には関《かか》りながら、強《し》いて安心して、せめて同じ土地の、しかも女のいるところとは目と鼻との近いところにいるというので満足していた。そして、夏の前いた、女の家の路次の中が何となく恋しくって、宿からは近いところではあるしするので、ときどき階下《した》の親切そうな老婦人のもとを訪ねて往って、玄関先きで話して帰ることがあった。家主の老婦人は、
「あれから姉さんにお会いしまへんのどすか」
といって訊いてくれるのであった。
「ええ、まだ逢いません」というと、
「そうどすか」と、老婦人は呆《あき》れるようにいって、「何であんたはんに会わんのどっしゃろなあ。ここで、私のところでちょっとお会いしやしたらよろしがな」と、同情するよ
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