ちょっとお墓詣りに来たついでにここのお婆さんとこへもお寄りしましたのどす」といっている。
「そうですか、今日はちょうどお寺詣りに好い彼岸びよりだ。私も一緒にまいってもいいな」と、私はひとりごとのようにいったが、母親にはまた会って話す機会もあるだろうと思って、その時はそのまま家主の老婦人のところを出て戻った。
そして、女に会おうと思えば、どこかへ行って知らしさえすれば会えるのだが、こちらの心はそれではないので、それから一、二度女を電話口まで呼び出して話したことがあった。紀州の方の山から帰ってきた、この間おかあはんにも先の家でちょっと遭《あ》った、ここへ来てもらいたい、来ないか、と言ったけれど、そのうち都合して行きますと言ったきり、向うから電話を掛けてくれるようなこともなく、いつもこちらの言うことを柳に風のように受け流しているようであった。後には、帳場に近いところで、女中や番頭などの耳に入るのが厭《いや》で、外の自動電話にいって呼び出したりしたこともあったが、いつも返事は同じことで、少しも要領を得なかった。何だか、池の水の中に泳いでいる美しい金魚か何ぞのように、あまり遠くへ逃げもせず、す
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