に往って泊るのが何よりよいと思ってその家へ投宿した。
するとちょうど古い馴染《なじ》みの、気の利《き》いた女中が出て来て、気持よく世話をしてくれた。私はさっきステーションに着いてから欝陶しい空模様と同じようにほとんど泣き出したいばかりに悲しくなっていたのが、やっと、そのためにいくらか心をまぎらすことができた。そして心地《ここち》の好い風呂に入って柔かい蒲団の中に横たわって、都会的情趣に浸りながら早くから寝に就《つ》いた。七月の初めからほとんど三カ月に近い、高い山の上の枯淡な僧房生活の、心と体との飢渇から、すっかり蘇生《そせい》したような気持になった。外では夜に入るとともに豪雨にひどい嵐《あらし》が吹き添って来たと思われて、よっぴて荒れ狂うていたが、私はそれとは反対にかえって安らかに眠りに陥《お》ちた。
翌日《あくるひ》は午前はまだ暴風雨の名残《なご》りがつづいていたが、午《ひる》過ぎから風も次第に歇《や》み、雨も晴れた。女のことは始終念頭にあったけれど、実はあまりにそのことばかり長い間思い続けて、思いに疲れているので、たまにはほかのことで気を晴らしたく、そのころちょうど東都から京都
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