だ呉服物の用ばかりで来ていた客かどうかと自然《ひとりで》に疑ってみる気になった。が、もちろんそんなことを口には出さなかった。
そして、またここへ舞い戻って来てしばらく厄介《やっかい》をかけることのさぞ迷惑であろうということを繰り返して詫《わ》びて、女には、私には少しも構わず、主人の思惑もあるから店に帰って勤めの方を大事にするようにいった。
私が田舎に往ったあとは、私のいる間いろいろ気を使ったために疲れあんばいで、あれからずっと休んでいたので、
「今日久しぶりに店へかえります。ほんならちょっといてきます」
といって、出て往ったが、女は、その晩からかけて翌日《あくるひ》の晩も戻って来なかった。それから半月ばかりして、私が山の方に出立するまで彼女は多くは主人の方にいっていたが、立つ前にはまた二、三日休んで、私のために別れを惜しんでくれたのであった。
三
あれほど母子二人して歓待しておきながら、今度居処を変ったのに、なぜ知らしてくれないであろうと、少なからず淋《さび》しい気持になって、せめてこの欝《ふさ》いだ心を慰めるには、明るく温《あたた》かい感じのする、行きとどいた旅館
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