中から私の力に能《あた》う限りのことをして来たのじゃないか。まとまっていないといっても、二百円三百円と纏まった金を送ったこともある。それは、あんたも覚えているはずだ。私にとっては血の出るようなその金を、これと言って使い途《みち》のわからぬようなことに使って、今になってもまだそんなに借金がある。……私はこうしてあんたに逢うのも、何度もいうとおり、去年の一月からちょうど一年と半歳《はんとし》ぶりだ。始終この京都の土地に居付いているわけじゃないから委《くわ》しいことは知らぬが、あんたが私から貰《もら》う金をほかの人間に貢《みつ》いでいるという噂を、ちらちら耳にしたこともあったけれども、私はそれを真実とは思わないが、どうも、借金がなおそんなにあるはずはないと思う。もっと私の納得するように本当のことをいって聴かしてもらいたい。私が今までお前に尽している真心がお前にわかっているなら、もっと本当のことを打ち融《と》けて聴かしてくれてもいいと思う」私はそれでもなるべく女の気に障《さわ》らぬように、言葉のはしばしを注意しながら、そういった。
 すると彼女は、いよいよ言うことに詰ったと思われて、畳んでしまった着物をそこに積み重ねたまま、箪笥の前に凭《もた》れかかってじっとしていたが、ヒステリックに、黒い、大きな眼を白眼ばかりのようにかっと※[#「目+爭」、第3水準1−88−85、417−上−4]《みひら》いて、
「わたし何も、引いてからあんたはんのところへ行く約束した覚えありまへん」と、早口にいった。
 そのあまりに凄《すさ》まじい相好に私はびっくりして、そのままややしばらく口を噤《つぐ》んでいたが、
「今になってそんなことを言っている」と、言葉を和らげていうと、女もすぐ静かな調子になって、
「あんたはんが、ただ自分ひとりでそうお思いやしたのどすやろ」
「私が自分ひとりでそう思った?……あんたの体を解決することを」
「ええ、そうどす」
「私が自分ひとりでそう思ったって、あんたの方でも依頼したから送る物を送っていたのじゃないか。いくら私がお前を好いていたって、そっちでも頼まないものを、どこに、自分の身を詰めてまで仕送る道理がない」
「そやけど、あんたはん、初めの時分は、私にそうおいいやしたやおへんか。自分はお前を可哀《かわい》そうや思うて恵んでやるさかい。後になって私のところにお前が来る
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