? 着物は、あんたの身が自由になった後に、ぽつぽつ出来る。それよりも急ぐのは今の商売を廃《よ》して、綺麗《きれい》に脚《あし》を洗うことじゃないか」
しばらくしてから私はなんどり訊いてみた。すると女も母親も黙っていたが、私が繰り返して、
「ねえ、どうなっているの」というので、女は、
「借金はまだ大分あります」という。
「大分ありますって、どのくらいあるの」
「さあ、まだ千円ちかくありますやろ」
彼女は、わざと陽《うわべ》に反抗の意を表わして、誠意の籠《こ》もらないような口吻《こうふん》で、そういう。それで私はまたむっとなり、
「千円?」自分の耳を疑うように、重ねて、言葉を強くして訊いた。
けれども女は黙りこくっている。
「まだそんなにあるの?」私の声は、自然に上ずってきた。「そんなにあるはずがないじゃないか。私があんたを初めて知った四、五年前にそのくらいあると言っていた。そしてそれだけの物は私から一度に纏《まと》めてではないが確かに来ている。あれから四、五年も稼《かせ》いでいて、そのうえそれだけの金も手に入っていて、今になってもやっぱり四、五年前と少しも借金が減っていないというようなことで、それで、あんた、どうするつもりなの?」私は、次の間の長火鉢《ながひばち》のところにいる母親にも聞えるように、畳みかけて問いつめた。
すると女はまた棄《す》て鉢《ばち》のように、
「そやからもうあんたはんの世話になりまへん。私自分で自分の体《からだ》の解決をつけますよって、どうぞ心配せんとおいとくれやす」
私は呆《あき》れた顔をして、そんなことをいう女の顔をしばらくじっと見ていた。
「もうあんたはんのお世話になりまへんて、それじゃお前、今までどんな考えで私にいろんなことを頼んでいたの。あんたの体の解決をするために、私は出来るだけのことをしたのじゃないか。今になってそんなことをいっては、何のことはない、まるで私を騙《かた》っていたようなものじゃないか」
そういうと、女は返答に窮したように黙って焦《じ》れ焦れしながら、肩で大きな息をしているばかりである。
「ねえ、私の送って上げた金は一体何に使ったの、……そりゃ、こんな着類をこしらえるにもいったろうが、私自身にも欲《ほ》しい物や買いたいものが幾らもあるのを、そんな物より何より私には、ただただお前という者が欲しいために、出来ぬ
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