り》は、まだ日も暮れぬのに、緊《かた》く閉《し》めきって、留守かと思うほどひっそりしている。
「もしもし、御免なさい」二、三度声をかけると、やがて、内から、
「どなたはんどす?」という声がする。たしかに母親の声である。じゃ、この家がそれにちがいなかったと思いながら、
「私です、わたしです」と自分の名をいうと、母親はそうっと、五、六寸潜戸を開《あ》けて、内から胡散《うさん》そうに外を窺《のぞ》いて見たが、そこには私が突っ立っているので、
「ああ、あんたはんどすか」と、気まずい顔をしていいながら、がらりと潜戸を開けて外に出るや否や身体《からだ》で入口に立ち塞《ふさ》がるような恰好《かっこう》をして、後手にぴしゃりと潜戸を閉めてしまった。
 そして五歩六歩入口を遠ざかりながら、
「あんたはん、私がここに来ているのがよう分りました。どなたにお訊きやした?……ここは人さんのお家どすよって。私ちょっと雇われて来ていますのどす」というようなことを、弁解がましくいいつつ、なるたけ私を家の前から遠ざけるように、路次を出ようとする。
 私は、つい一と月ばかり前時々会っていた時と打って変ったようなその、あまりによそよそしい様子に、そうなくてさえ失望のあまり、ひどく弱くなっている心を押し潰《つぶ》されたような心地がしたが、努めて気を励ましながら、
「お母はん、お園さんが飛んでもない病気になったというじゃありませんか」と、まるで泣きかかるような調子で言葉をかけた。
 すると母親ももう鼻声になって、
「私、あの娘《こ》にあんな病気しられて、もう、どないしょうかと思うてます。同じ病気かで、糞尿《ばばしい》の世話をするくらいどしたら、わたし何ぼか嬉しいか知れしまへん。あの娘の病気の世話やったら、どないに私骨が折れたかて、ちょっとも厭《いと》やしまへん。私もあの娘と一緒に死んだかて本望どすけど、あんたはん、何の因果であんな病気になりましたか思うて私、もうここ半月ほどの間というもの、夜もろくに寝られやしまへんのどす。ちょっと油断してる間にどんなことをするか知れまへんよって」母親は悲しい声で立てつづけに泣きごとをいう。そういう顔をよく見ると、なるほど娘の病気に心痛すると思われて、顔に血の気は失せて真青である。
 私は一々うなずきながら、一昨日《おととい》の夜から、病気ということをはじめて聞いて、居処が知
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