りして帰って来た。

     二

 唐草模様の五布の風呂敷はそのまま箪笥の上に載せてその後三、四日は目についていたが、私の知らぬ間に、外に持ち出したのか、それとも中の物をまた箪笥に蔵《しま》ったのか、やがていつものところに見えなくなった。そして、それに懲りて私は、彼女の体の解決のことについては幾ら心に思っていても口には出さなくしていた。母子《おやこ》の間ではどんな話をしていたか知れぬが、女の気持もすぐまたもとのとおりになった。それのみならず、そのことがあった夜、母親が長く外に出ていって帰らなかったので、風呂敷包みを持ち出したのかと思って気をつけると、それは無事にあるので、そうでもないと思って安心していた。すると、その翌日《あくるひ》母親は、娘がちょっと主人のところへ帰ってくるといって、出ていって留守になっている間に、
「昨日《きのう》はえらい、お気の毒どした」と、次の間の長火鉢のところから声をかけた。私は、
「お気の毒て、何のことです」と、そちらを振り向くと、母親は微笑しながら、
「あの娘《こ》があんな我儘《わがまま》いうて、あんたはんに、えらい済まんことどした」
「なに、そんなことはちっとも心配いりません。機嫌さえ直ればいいです」
 母親はそれでも腹から憂わしげな顔をして、
「わたし、もう心配で。あの娘が、あのとおりあんまり我儘いうて、あんたはんに後で愛想尽かされるようなことがありゃしまへんかと思うて、心配でならんどすさかい、昨夜《ゆうべ》あとであちらの主人のところへ相談に往《い》て来ましたのどす。そしたら、あちらの姐《ねえ》さんのおいいやすには、お母はん、なんもそないに心配することはない、そんなこというて、あんたはんに甘えるんやさかい、構わんとおきやすいうてくりゃはりましたけど、私はそれが心配になって、ゆうべも、よう寝られしまへんのどす。ほて、お母はん一遍本人を越《おこ》しやす、私からよう言うて聴かすさかい、いうておくれやすので、それで今日あの子もちょっと屋形《やかた》へいとります。また姐さんから、あんじょう言うて聴かしておくれやすやろ思うてますけど」
 私は母親が正直そうにそういって心配しているのを聴くと、ひとしお打ち解けた好い気持になって、
「どうぞ、そんなに心配しないで下さい。だだを捏ねているのはよくわかっているんです」
といって、自分も一緒に笑ってい
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