の品物まで入れ足そうとする。どこかへ持って往《い》ってすぐ金を融通しようというのであろう。
 私はすこしも金など欲しいとは思わないので、飛んだことになったと、はらはらしながら、眉《まゆ》に皺《しわ》を寄せて宥《なだ》めるように、
「これ、何をするの。そんなことはしないがいい。そうしてせっかく出来ている物をそんなことをしないでもいいじゃないか。私はお前から金を戻してもらいたくないのだ」
と、手を差し出して女の手を捉《と》らんばかりにしていうと、彼女はそれには答えず、「おかあはん、これすぐ持っていとくれやす」と、荒々しく風呂敷を包んでいる。
 私は、母親はどんな心持でいるのかと、そっちを振り顧《かえ》ってみると、母親は次の間の火鉢の傍で人の好さそうな顔をして、微笑しながら娘のすることを黙って遠くから見ているばかりである。そして、女が幾度も急《せ》き立てるように、
「持っていとくれやす。さあ今すぐ持っていとくれやす」というのを、母親は「ええええ」とばかりいって、起とうとはしない。
 私は母親の火鉢の前に立っていって、
「おかあはん、どうぞ持っていかないようにして下さい」
というと、母親はうなずきながら、
「ええ、心配せんとおいとくれやす。またあとであの娘《こ》によういいますよって」と、事もなげに笑っている。
 彼女はまるで母親と私と二人に向ってだだを捏《こ》ねるように、なおしばらくの間、
「はよう持って往《い》とくれやす」と、幾度も母親を催促していた。
 女の機嫌《きげん》を傷つけてしまったので、どうか、そんな衣類の入った大風呂敷などを外に持ち出すような浅ましいことをしてくれなければよい、ここへ初めて来た夜彼女がいったように、長いことあんたはんにもお世話かけましたお蔭《かげ》で、私もちょっと楽になったとこどす。というのが本当ならば、せっかくいくらか幸福《しあわせ》になりかけている彼女の境遇を、そんなことをして、また情けない思いをさせたくない。それにしても、自分から少しは楽になったといっているのだから、もう借金もそう多くあるはずがない。なぜこの女は私に真実の心を明かさないのであろうか。
 それで、私はしばらくそこにいない方が女の焦立った気分を和らげるによかろうと思って、重ねて、母親に風呂敷包みなどを持ち出さぬようにいいおいて、そのまま外に出ていき、東山の方をぶらりと一とまわ
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