に通ると、宿の若主人がその手紙を見て挨拶に來り、
これから月ヶ瀬まではまだ四里の道があるのみならず、最早梅花の季節は過ぎて自動車の往復も頻繁ならず、宿といつても土地の農家が、三月梅花の季間のみ片手間に客を泊めてゐるので不行屆きである。今晩は格別見る物のない處であるが、當處に一泊ありて上野の町を見物し、殊に芭蕉の舊跡|簔蟲庵《みのむしあん》へは是非御一覽をお勸めするといふので、月ヶ瀬にも泊つてみたかつたけれど、もとより上野の町にも、何となく、夙《つと》に親みを抱いてゐることであつたから、有無なくそれに一決し、まだ暮れには少しの間があるので、私は寫眞機を携へて市街にいで、主人に委しく教へられたとほり旅館の前の整然たる街路を眞直に南へゆくと五六町ばかりにして、やゝ街はづれる場末、一寸横丁を左折して入つた處に芭蕉翁の舊庵があつた。
底本:「現代日本紀行文学全集 西日本編」ほるぷ出版
1976(昭和51)年8月1日初版発行
底本の親本:「旅こそよけれ」冨山房
1939(昭和14)年7月発行
※巻末に1923(大正12)年5月と記載有り。
入力:林 幸雄
校正:門田裕志、小林繁
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