った手紙に、柳沢のことを一と口いってあった。それをどうかして柳沢の手に巻きあげられて見られるのが厭だ。そうかといってその手紙にも決してそんな悪口などをいってあるのではなかった。柳沢が私の蔭口をきき、また私の方でもちょうど柳沢のするとおりに柳沢の蔭口をいっているであろうとは、かねて柳沢が邪推しているのだが、私はこれまでそんなことは少しもない。しかるに高等地獄に与えたたった一本のその手紙ゆえに柳沢の平生の邪推を確実なものにするということが私には何よりも耐えられなかったのである。
「柳沢さんのところを、いくら訊いても教えないんだもの」
 黙っている私に、おっ被《かぶ》せてお宮はまた毒づいた。
 柳沢は、私が教えなかった心持ちを読んだような鋭い黒眼をしてにやりにやり笑っていた。
 けれども柳沢とお宮との関係がどんなになっているかは、まだよく分らなかった。
 柳沢は、お宮が私に向ってそんなに悪態を吐《つ》いている間もしょっちゅう意味ありげににやりにやりと笑ってばかりいた。
「もう帰ろう」私はお宮を促した。
「ええ」といったきりお宮は尻《しり》を上げようとはしなかった。
「あなたまだ社へ行かないの
前へ 次へ
全100ページ中85ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
近松 秋江 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング