たが、素直にいそいそと立とうとしないのが業腹で、どうかして気嫌よく連れてゆこうと思って
「ねえ行こうよ。そして帰途《かえり》に何か食べよう」と、優しくいうと、
「そう、じゃ行こうかねえ。すぐそこらにいくらもあるよ」いけ粗雑《ぞんざい》な口でいう。
「ああ、お前はさっきからすぐそこらで買うつもりでいたの? それで私に一人で行って買って来てくれといったのか」
「そうさ! あんな物どこにだってあるよ」
「いや、そりゃいけない。どこかもっと好いところにゆこう」
「日本橋の方へ?」
「ああ」
「そう、じゃ私ちょっと自家《うち》へ帰って主婦《おかみ》さんにそういって来るから」
 と、いってお宮は帰っていった。間もなくやって来て、今度は前《さき》と打って変って、いつか一週間も逢わないでいて久しぶりにお宮のいる家の横の露地口で出会った時のようにげらげら顔を崩《くず》しながら
「自家の主婦さん、『雪岡さん深切な人だ。ゆっくりいっておいで』と、いっていたわ!」
 こんどは、そんなことを言やあがる。何というむらっ気の奴だろうと癪《しゃく》に障《さわ》ったけれど、一緒に連れ出したいのが腹一ぱいなので気嫌を直し
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