うお宮の私と柳沢とに対する本心がわかったから、私は怨恨《うらみ》と失望とに胸を閉されつつ、どうかして私からお宮にやっている手紙を取り返すことに苦心した。
二、三日立ってからであった。私にはふとしたことから柳沢とお宮とがどこかで逢っているような気がしてたまらない。それで柳沢の家を覗いて見ると老婢《ばあさん》が一人留守をしていて柳沢はいない。いよいよお宮のところにいっているに違いないと思うと、ますます手紙のことが気になりだした。で、すぐその足でお宮を置いている家までやって行った。
八時ごろだったから売女《おんな》は大方出ていって家内《うち》は女中のお清が独り留守をしていた。
「お主婦《かみ》さんはどうしたの」といいながら私は例《いつも》の通り長火鉢の向うに坐った。
「おかみさんも今ちょっと出ていませんよ」
「宮ちゃんは今日どこ?」
「ちょっとそこまで行っています」
「今晩は帰らないだろう」
「ええ、帰りませんでしょうなあ」
私は、もうどうしても柳沢と逢っているに違いないような気がして来た。
「いつから行っているの?」
「もう大分前からですよ」
「大分前からって、いつごろから?」
「そうですなあ。もう一昨日《おととい》、その前の日あたりからでしょう」
「一人のお客のところへそんなにいっているの?」
「ええ、そうでしょう。私よく知らないんですよ。……あなた大変気にしているのねえ」
「気にしているというわけもないが、……どこの待合?」
「……さあどこか、私知らないのよ」
「お清さん君知らないことはないだろう。教えてくれないか」
「そりゃ言えないの」
「いえないのは知っているが、教えてくれたまえ」
そんなことを戯談《じょうだん》半分にいいながら、お清がお勝手口の方へちょっと出ていった間にふっと火鉢の上の柱に懸かっている入花帳《ぎょくちょう》が眼に着いたので、そっと取りはずして手早く繰って見ると、お宮が一昨日からずっと行っている待合が分った。
その待合は、いつか清月も柳沢に知れているから他にどこか好いところはないだろうかとお宮に相談したら、じゃ有馬学校の裏にこういう待合があるからといって教えてくれたその待合である。
「ははあ、じゃあすこに行っているな。すると柳沢と違うかな。それとも柳沢もそこへ連れ込んでいるのだろうか」
そんなことを考えながら、お宮のいっている先がそう
前へ
次へ
全50ページ中44ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
近松 秋江 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング