おりに顔の吹出物はだんだん劇《はげ》しくなって人前に出されない顔になった。そうなると私は故郷《くに》に年を取っている一人の母親のことを思った。
 親が満足に産みつけてくれた身体《からだ》にもし生涯《しょうがい》人前に出ることの出来ないような不具な顔にでもなったら、どうしよう。そのことを考えるとまた夜の眼も眠られないことがあった。お前のことといい、たとい高等地獄とはいいながらお宮の義理人情に叛《そむ》いた仕方といい、その上にお宮から感染した忌わしい病のために一生不具の身となるようなことがあっては年を取った一人の親に対して申しわけがない。
 お宮が私に叛いて柳沢に心を寄せて行っても、私はその浅ましい汚らわしい顔を恥じてじっと陰忍していた。皆を殺して自殺をしようかと思った。
「どうしたって、これはお前からもらった病気だ」
「ふむ?……」お宮はそういったきりしばらく黙っていたが、
「何んだ! あんまり道楽をするからそんなことになるんだ。……おかみさんにも道楽をするから棄《す》てられたんだろう。……おかみさんどっかで妾をしているというじゃないか」
 そういってお宮は荒い口も利かぬように堪《こら》えている私に毒づいた。そして今お宮のいったことでまたグッと癪《しゃく》に障ったというのは、おかみさんは妾をしているというじゃないかといった一言だ。私は、お前がもしそういうことをしておりはしないかという心当りがあったから、いつか柳沢にだけはそれを打ち明けて話したことがあった。柳沢から私の蔭口に聞いたのでなければお宮がそんなことを口に出すはずがない。
 私はそう思ってじっと柳沢の顔とお宮の顔とを見合わした。柳沢は、私がいつかそういうことを話したのを、柳沢だからそんなことをも打ち明かしたのだと思うよりも、そんなことを他人《ひと》に話した私を、腹の中では馬鹿だと嘲笑《あざわら》いながら聞いておいて、そうして私とお宮との仲をちくりちくりとつっつくためにそれを利用したのだろう。
 私はいきなり立ち上って二人を蹴飛《けと》ばしてやろうかと、むらむらとなったが、また手紙のことを思い出してじっと胸をさすって耐《こら》えた。
 どうして私がそんなにお宮にやっている手紙のことを気にするかというのに、私は今度のお宮のことについても、お宮に向って柳沢のことを露ほども蔭口めいたことをいっていない。ただ一番近くにや
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