わなかった懐かしい顔は櫛巻《くしま》きに束《つか》ねた頭髪《あたま》に、蒼白《あおじろ》く面窶《おもやつ》れを見せて平常《いつも》よりもまだ好く思われた。
「どうしたの。そのままだって構やしないじゃないか。……どっか二人でその辺を、年の市でも見ながらブラブラ歩いていらっしゃいまし。……どうだい、雪岡さんが見えたから頬の痛むのが癒《なお》ったろう。どっか二人でそこらを散歩しといで……」
「ええ。あなたどうする? ゆく。じゃ私も行くからちょっと待っていて下さい」私の方を見ながら媚《こ》びるようにいっていそいそ二階に駆け上っていった。
 私は主婦と長火鉢の向いに差し向ってそういう売女を置く家の様子を見ぬ振りをしながら気をつけて見ていた。堅気らしい丸髷《まるまげ》に結《い》ってぞろりとした風をした女や安お召を引っ張って前掛けをした女などがぞろぞろ二階に上ったり下りたりしている。
 勝手口に近い隣の置屋《うち》では多勢の売女《おんな》が年の瀬に押し迫った今宵《こよい》一夜を世を棄《す》てばちに大声をあげて、
「一夜添うても妻は妻。たとい草履《ぞうり》の鼻緒でもう……」
 ワンワン鳴るように燥《はし》ゃいでいる。私は浅ましく思ってきいていた。
 やがてお宮は先《せん》のままの風で降りて来て、
「私もうこのままで行くわ!」この間のめりんすの綿入れの上に羽織だけいつものお召を引っかけている。
「そのままでいいとも」
 主婦《おかみ》は、「御夫婦で仲よう行っていらっしゃいまし」と、煙草《たばこ》を並べた店頭まで送り出した。
 街路《そと》はぞろぞろと身動きもならぬほどの人通りである。
「どっち行くの」お宮はいつもの行儀の悪い悪戯娘《いたずらもの》のような風の口をきいた。
「さあ、どっち行こう。あんまり人の通っていない方がいい」
 私は、人眼のない薄暗い横丁をお宮と二人きりで手と手を握り合って歩いて見たかった。
「もっと人の通っていない方に行って見よう。材木町の河岸《かし》の方にでも」
「あんなところ歩いたってしょうがないさ」お宮は歯が痛むといって、頬を抑《おさ》えながら怒ったようにいった。
「じゃどこを歩くの?」
「どこってどこでも」
「そんなことをいったって仕方がない。お前はどこへ行きたいんだ」
「私はどこへも行きたかない」
「じゃ行くのが厭《いや》なの」
「いやじゃないさ」また怒
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