ん》の紋付、着物は上下|揃《そろ》った、やっぱりお召さ」
 そこへ誂《あつら》えた寿司《すし》が来た。
「君たちも食べないか」私は女どもにすすめながら摘《つま》んだ。柳沢はもう黙って口に押し込んでいた。
「食べようねえ」お宮はも一人の女に合図して食べた。
 柳沢は口をもぐもぐさせながら指先の汚《よご》れたのを何で拭《ふ》こうかと迷っていた。
「ああ拭くもの?……これでお拭きなさい」
 お宮は女持ちの小《ち》さい、唐草《からくさ》を刺繍《ししゅう》した半巾《ハンケチ》を投げやった。
 柳沢はそれで掌先を拭いて、それから茶を飲んだ後の口を拭いた。
「君、あっちい二人で行ったらいいじゃないか」
 柳沢は気を利かしてそっと私に目配せした。
「うむ。……まあ好いさ。……君はどうする?」私は自分でも明らかに意味のわからないことをいって訊いた。
「僕は、お前とここで話しをしているねえ」柳沢はふざけたようにも一人の女の顔を窺《のぞ》くように見ていった。
 私は、自分の慎むべき秘密を人にあけすけに見ていられるような侮辱を感じたけれどこんなところにすでに来ていてそんな外見《みえ》をしなくってもいいと思ったから、遠慮をしないでお宮をつれて別の部屋に入っていった。
 間もなく私たちは其待合《そこ》を出て戻った。
「ふん! あんな変な女を連れて来て」
 柳沢は人形町の電車通りまで出て来ると、吐き出すようにいった。
「君は、どうもしなかったかね?」
「どうもするもんか。あんな小便臭い子供を。お宮はあんな奴《やつ》を、自分の妹分だといって、あれを他の客によく勧めるんだ。だれがあんな奴を買うものがあるもんか!」
 中二日置いて、この間からいっていた、外套《コート》を買ってやる約束があったのでまたお宮に逢いに行った。清月にいって掛けるとお宮はすぐやって来た。
「今日外套を一緒に買いにゆこう」
「今日」と、お宮は嬉《うれ》しさを包みきれぬように微笑《わら》い徴笑い「これから? 遅《おそ》かなくって?」行きとうもあるし、躊躇《ためら》うようにもいった。
「ゆこうよ。遅かない」
「そうねえ。何だか私、今日|怠儀《たいぎ》だ。……あなた一人行って買って来て下さい。私どこへもゆかない、ここに待っているから……その辺にいくらもある」と、無愛相にいう。
「いや、それはいけない、僕は一緒に物を買いにゆくのが楽しみな
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