ないから。君はどうだね?」
「僕もあんまり行かないが、……その後お宮を見ないかね?」
 柳沢は、日ごろに似ぬどこまでも軽い口の利きようをする。
 私には、何だか両方が互いの腹を探っているような感じがして来た。そうして柳沢との仲でそんな思いをするのが厭でいやでたまらないのだけれど、今度のことは最初から柳沢が私たち二人の中へ横から割り込んで来たのだから仕方がない。
「いや、見やしないさ。あれっきり行かないから……」
 といったが、お宮が、私が来たということを、もし柳沢に話していたら、すぐ尻《しり》が割れてしまう。そんな嘘《うそ》を言って隠し立てをしているこちらの腹の中を見透かされると、柳沢の平生の性質から一層|嵩《かさ》にかかって逆に出られると思ったから、
「……おお、あれから一度ちょっと行ったかナ」
 と、さあらぬようにいった。そうして腹の中では、どこまでも、どこまでも後を追跡していられるようで気持ちが悪かった。
「よく売れると思われて、いつ行って見てもいたことがない」柳沢はやや語声を強めていった。
 じゃあ柳沢はあれからたびたびいって、お宮を掛けているのだナ。と、私は秘《ひそ》かに思っていた。
「君はこのごろまた大変に肥《ふと》って、英気|颯爽《さっそう》としているナ」
 柳沢の顔を見守りながら、私は話頭を転ずるようにいった。
「うむ。僕はこのごろ食べる物が何を食ってもうまい」
 愉快そうにいって、柳沢は両手で頬のあたりを撫《な》でた。
「君はこのごろ何だか影が薄くなったような気がする」
 と、冷やかに笑い笑いいって、また私の顔をじろじろ凝視《みつ》めながら、
「そうして、だんだんいけなくなって……」
 柳沢は、惨《みじ》めな者を見るのも、聞くのも、さもさも厭だというように、顔を顰《しか》めていった。
「ああ、影が薄くなったろう」私は憮然《ぶぜん》として痩《や》せた両頬を撫でて見た。
 そうしてこう思った。自分は、何も柳沢に同情をしてもらいたくはないが、しかし私がどうして今こんなになっているか、その原因については、とても柳沢は理解《わか》る人間ではない。あるいはわかるにしてもそのことが私ほど馬鹿馬鹿しく骨身に喰《く》い入る人間ではないと思ったし、お前に置き棄《す》て同然の目に逢《あ》わされたがためにこうなっているのだともいえないし、またそんな気持ちは話したからとて、
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