があつた。
 或る夏、私の町に東京の大相撲が巡業に來たことがある。その取的らしいのが二三人めづらしさうに見物してゐたが、踊り手の中には私達のよく行く理髮店の若い主人が女の姿でゐた。その男は背もあまり高くなく小肥りで色も白かつたから、見たところまるで女としか見えなかつた。私達には身體つきで間もなく判つた。ところが、その若い女の姿をした彼が、惡戯氣を出して、お相撲さんの袖を踊りながら引くのだ。お相撲さんたちはてつきり女だと思つたらしい。面喰つたやうな、うれしさうな顏をして、しばらくはその踊り手について※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]るのを私達は苦笑しながらも教へるわけにもいかなかつた。
 御愛嬌ではあつたが、その變裝した連中はあまりうまい踊り手ではなかつた。この盆踊りには昔から一定した服裝があつた。それは千鳥笠に白い紙片を結んで垂らし、紺の股引にやはり紺足袋、白緒の草履ばき、尻はしより、といふのである。さういふ恰好をして出るのは老人に多かつたが、何とも云へぬ澁味のあるもので、又その姿をした連中はきまつて踊りがうまかつた。振りは同じことなのだが、まるでちがつた踊りに見えるほど優美で
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