の話を聞くために、三日ほどつゞけて山へ行つてゐたが、彼も牛も探しあてることができなかつた。
ある夕方、家の裏手で山から下りて來た彼に會つたので、そのことを云ふと、彼は腕組みをして、兩脚をふんばつて、しげしげと僕を眺めながら、
「あゝ、あなたですか、下駄の跡がありました」
と云つた。
彼はその後、山へ出がけに必らず僕の部屋をのぞいて、涎《よだれ》の音を少したてながら、「山です、あすこの方です」ともつれるやうな口調で指してみせるのであるが、僕には一向その見當がつかないので、たうとう山へ彼を訪問することは斷念してしまつた。
民さんはその禿頭に、青地の手拭ひでつくつた變な帽子をかぶつて出かける。山で温い日に寢ころんでゐると、牛が寄つて來て彼の禿頭をなめて目をさまさせる、と云ふ。家の人が、僕にさう話して、
「なあ、民さん、牛がなめるつちふ」と笑ひかけると、彼は全く他意のない顏で、
「可愛いゝ奴ですよ。よく知つてますよ」と眼を小さくして笑つた。
夜なべの仕事がすむと、彼は僕の部屋へ遠慮しいしいやつて來る。そして、手紙を書いてくれ、と云ふ。彼には東京や千葉に親戚があるが、どこでも彼の來るの
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