幾が入つて来て、軍治に、風呂はどうか、と訊いた。入る、と答へて腰を上げずにゐると、幾も卯女子の傍に来た。蒔の死際の話しが出て
「あの時は流石《さすが》にこの人も泣いてゐたんですよ」と、幾は軍治を見て、卯女子に話した。軍治は、自分が顔を蒔の手首に押しつけてゐた、それを幾が言つてゐるのだと思ひ、冷《ひや》りとしたが微笑してゐた。一寸間を置いて立ち上り、風呂へ、と云ふ様子で後向きになつたまゝ障子を閉めて居間を出た。
さう云ふ時、死んだ鳥羽そつくりの形が軍治の後肩のあたりに出るのだつた。
[#地から1字上げ](昭和七年三月)
底本:「筑摩現代文学大系 60 田畑修一郎 木山捷平 小沼丹集」
1978(昭和53)年4月15日初版第1刷発行
1980(昭和55)年7月30日初版第2刷発行
初出:「文科」第4輯
1932(昭和7)年3月
入力:kompass
校正:土屋隆
2005年8月18日作成
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