いふくらみが眼を惹《ひ》きつける、そこら一帯の榛《はん》の木の疎林《そりん》、あたりの畑地にもいっせいに新芽をふきだしているのを見て、僕はいきなり春の真中へとびこんだような気がしたものだ。
 それが三日間の強い北西の風でまた冬に逆もどりした形だった。僕の来た分の次の汽船は島へ近寄れなくって、大島の波浮《はぶ》港まで避難したという。着くなり風に閉じこめられた工合で、僕は終日|呆然《ぼうぜん》として庭の向うの楠《くすのき》の大木が今にもちぎれそうに枝葉をふきなびかされるのを、雨を含んだ低い雲がすぐ頭の上と思えるくらいのところを速くひっきりなしに飛んでゆくのを眺め、小やみなく遠くの方で起って、きゅうにどっと襲って、また遠くの方で唸《うな》っている風の音を聞いてすごした。
 ようやく風のしずまった日の午後、散歩に出た。部落のどの家も周囲に石垣をめぐらしている。島では「ならいの風」という。それは北西から吹くやつだが、そいつが来るといつも荒れで、部落はおそらくならいの風を避けるためにか、傾斜と傾斜の間のいくらか谷まった地勢にかたまっているので、家々の高低がまちまちで、路は家々の古い石垣の間をあると
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