ころは小さい谷のようになって、方々に上ったり下ったりして続いている。いい加減に低い方へ下りてゆくと、部落外れの両側に椿の樹が並木みたいにぎっしりと密生した路になった。そこを抜けるとからっとした広い傾斜面でどこも秣畑《まぐさばた》になっている。切株から青い葉茎が少し出ている。ずっと海の方まで傾斜面はつづいて、そこでいきなり切れている風に見えるが、きっと高い断崖になっているのだろう。秣畑を区切ったみたいにしての茅《かや》のような雑草がところどころにある。まだ冬枯れのままの延び放題な、そして風に捻《ひね》られ揉《も》みたてられたまま茫々として、いかにも荒れた感じだ。そのあたりでは風がまだ相当強い。時々後から追いたてるように、冷たくさっとやってくる。そして火山灰でできた秣畑の荒い小砂を足のあたりに吹きつける。身体の奥の方で何かが目覚めてくる。路はもう消えてしまったが、何とかして崖っ縁まで行ってみようと思って、そこではもうだいぶ深くなっている茅の茂みに踏みこむと、隠れた凹地に足をとられて、僕は何度か転《ころ》び、手足の方々を擦《す》りむいた。風の冷たいのと、茂みの深いのとで、崖縁まで行くのはとうとう断念した。
引き返しにかかると、まともに面《おもて》を打つ風のきついのにびっくりした。でたらめに部落へ向けて秣畑の中を歩く。時々顔を上げてあたりを見ているうち、白い波頭のちらちらしている海のずっと向うに、山の上半分うすく雪を被《かぶ》っている島が眼に入った。それは大島だった。何だかひどく遠い。そして暗灰色の曇り空の中にちょっぴりした鮮かな雪の色は思いがけなく僕の心に錐《きり》のような痛みを感じさせた。ここからいうと、大島もその向うにあっていちような灰色の中にかくれてはいるが、東京のあるあたりは北方だ。あすこには今どんなことが起っているのだろう。あすこには僕の置き去りにしてきた生活がある。いろんなことが一時に胸の中に押し寄せてくる。だが、僕はここに来ている。ここにいる僕は向うに起ることとはいっしょになって生きてはいない、ここは何かしら別物だ。
ちょうど部落の入口に来たとき、そこから路はやや急な坂になっているのだが、上手《かみて》から一人の着物の前をはだけてひき擦《ず》るように着た痩せた男が路いっぱいにふらりふらりと大股に左右に揺れて降りてくるのを見た。咄嗟《とっさ》に気狂いではな
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