の人は面倒がつて避けるやうになる。すると、徳次は寂しくなつて、どこまでもふらついて行くのである。時には小料理屋の土間に入りこんで又一杯やる。通りすがりの時計店にふらつと入る。それから床屋に寄る。
「やあ、今晩は」
 威勢よくやつて、相手にされると腰を落ちつけて、人の好さがまる出しになつて、大声で喋りまくる。と云つても、彼自身には何の話の種もないので、多くは人の相槌を打つたり、今他人から聞いた通りのことを彼の声音で何か別の話のやうに見せながら話すだけなのである。

 冬近い冴えた日ざしが午過《ひるす》ぎの河原町の長い、だが人気のない通り一杯に溢れてゐた。一体みんな何をしてゐるんだらう、まさか軒並みに夜逃げしたわけでもあるまいのに、と呟《つぶや》きたくなるほど人の子一人ゐなかつた。そして、冴えてゐるがしだいに温《ぬ》くもりの増して来る日は、何だかのうのうと、つまり誰もゐないので日そのものが路一杯にひろがつて日向《ひなた》ぼつこをしてゐるみたいであつた。
 その時、ふいに或る戸口から一人のひよろ長い男が、一度敷居につまづいてそのはずみで飛び出した工合に、明い路上に出て来た。帯がほどけてる、と
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