よりは、気の好い、何だかすべつこい、いくらか相手を軽蔑したやうな表情だつた。
房一は又重たげな恰好で坂路を登つて行つた。下を見ると、心持|阿弥陀《あみだ》に被つた練吉のソフト帽が、もう小さく桑畑の間を走つてゐるところだつた。彼は、練吉の気弱さうでもあり、又|疳《かん》の強さうにも見える眉のあたりの色を、今ごろになつて急にはつきり思ひ出した。
さうだ、あれは見覚えがある。練吉は幼《ちい》さい時頭の大きな首の細い子供であつたが、房一は彼を磧《かはら》のまん中で追ひまはしたこともあるやうな気がする。それは広い磧で、あたりの静まつた、瀬の音だけが無暗みときはだつて聞える日中で、水流のきらめく縞や、日に温められた磧石からむつと立つて来る温気や、遠くの方の子供達の叫び声や、ふりまはしてゐる青い竹竿や、さあつと時々中空から下りて来るうす冷い微風や、彼等が走り、叫び、つまづき、又一所にかたまつて遠くの山襞《やまひだ》にうすく匍ひ上る青い一条の煙(それは炭焼の煙だつた)に驚きの眼を見はつた、あの空白なすつきりした瞬間、――からみ合ひ、押へつけ、お互ひの腕と腕との筋肉が揉み合つて、下敷の子の涙の出さう
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