もう三四ヶ月前からできないでゐる、――
「ふむ、ふむ」
房一は男の前膝部をたゝいた。脚気でもない。心臓は弱つてゐた。単音でなく、微弱な重音があるので弁膜症の気味があるとも診られた。呼吸器に異状はなかつた。一応の診察を終ると、房一は患者の顔から、胴体にかけて、熱心に眺めた。皮膚は弛緩して、生気がなかつた。だが、その極端な貧血と一般的な衰弱とは典型的な寄生虫の症状らしいことにさつきから気づいてゐた。
尿には蛋白質はなかつた。排便を顕微鏡でのぞいてみた。ゐる、ゐる。蛔虫に十二指腸虫の卵がうんとこさ見えた。
房一は患者の前にもどつて来た。
「今、あんたの便をしらべてみたがね」
と、ゆつくりはじめた。
「いゝかね。あんたの身体はどこも悪くない」
男は、びつくりしたやうに房一を見た。
「心臓は多少弱つてゐるが、大したことはない。――いゝかね、あんたの身体はもともと丈夫な身体だ。ようく診たがどこも悪くはない」
男は面喰つて何を云はれてゐるかはつきり判らないらしかつた。房一はその眼の中をしつかりとのぞきこみながらつゞけた。病院づとめの生活で、房一は患者の気持をのみこんでゐた。たとへ病気がは
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