者の風があつて、その住んでゐる地域、つまり対岸の町を除く河場中の尊敬を一身に集めてゐた。老いと共に彼も先代の容貌に甚だ酷似して来たが、彼には先代のやうな底の逞ましさの感じがなくて、先代よりも凡々としてゐた。彼の妻はやはり士族の出で、上流の城下町から娶《めと》つたのであるが、三男二女を生んで死んだ。子供は大きくなつてゐたが、やはりその城下町から不幸な大工の娘を無造作に後妻に貰ひうけて、この女は肥つた人の好い気質の働き者であつたが、彼は家事一切を彼女に任せて何事もなく和した。
 かういふ彼であつたが、河原町の人々は彼に対して一種の親味と同時に、河場者、他所者といふ一瞥を決して忘れなかつた。彼の席順はやはり低かつた。それでも彼は一度も不満の色を浮べなかつた。
 房一は彼の三男であつた。いつも泥と垢で真黒な顔や手足をしてゐたが、薄汚い皮膚の下には温い血の色が漲つてゐて時々水いたづら、それは河や溝川で小鮒を追ひかけることであつたが、その後では両手首から先だけの垢が自然にとれて、小さく頑固な指々が紅く燃えてゐるやうであつた。むつちりと肉のついた肩、粗暴でゐながら間断なく閃めいてゐる眼、小柄な身体を
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