持つて行つた。
馬喰達は出て行つた。徳次は残つた。一人でぶつぶつ云ひながら、宛かもそれで勇気をふるひ立たせようとするかのやうに、さかんに身体をぐらぐらさせた。その度に、彼の敵意は露骨になつていつた。橋本屋の主人は何とかしておとなしく引上げさせようと骨を折つた。が、それはかへつて徳次を興奮させた。主人の引きとめる手を払ひのけながら、彼はつひに鬼倉の前にどかりと坐りこんだ。
「きさまか、鬼倉ちふのは」
「なに?」
鬼倉は低い声で、はじめてぢつと相手を見た。が、それつきりだつた。動きもしない。徳次は何故ともなく一寸ひるんだ。が、又、
「鬼倉ちふのはきさまかと云ふんだよ。あんまり、この近所の者をいためてもらひますまい」
「いためた?」
鬼倉は一瞬、相手を地着きのごろ[#「ごろ」に傍点]か何かと思つたらしい、一種の殺気をひらめかした。
徳次は又ぐらりとした。
「さうよ。てめえはその大将だらう」
それは何となく「素人《しろうと》くさい」滑稽な云ひ方だつた。手こずつた主人がしらせたので、徳次の家からは家内のときが駈けつけて来た。泣いてとめた。半ば耄碌《もうろく》した父親も足をひきずつて来た
前へ
次へ
全281ページ中210ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
田畑 修一郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング