急変したのかと思つた。さうではないらしい。急患だらうか。それだと、こんな風ではなく、もつと低くおろおろした風に云ふ筈だ。彼は手をやめて、耳をすませた。
「徳次」だの、「橋本屋」だの、「殺されかゝつてる」、「小倉組」だのいふ言葉がきれぎれに耳に入つた。
「ねえ、大変! 早く」
 盛子は風呂場の入口で上はずつた声を出した。
「うん」
「徳さんが、――今、そこに、おかみさんが来てるんですわ」
「うん、何かア」
 やがて、鈍《の》ろい、呆《ぼ》けたやうな返事をしながら、房一の湯上りでよけい赤紅《あか》く輝く顔がのぞいた。彼はゆつくりと兵児帯をまきつけてゐた。だが、その様子とはおよそ反対な強《き》つい、きらりと光る目で、盛子のうしろに、半泣きになつた、取乱した青い顔で立つてゐる徳次の妻、ときを見た。
 ときは房一を見ると、殆どすがりつきさうになつた。そして、口をひきつらせ、上半身を揉むやうにして訴へかけた。

 橋本屋といふのは下手にある、こゝらで唯一つきりの小料理屋だつた。夕方、そこで近在の馬喰《ばくらう》が二人のんでゐた。徳次がそれに加つた。大分酔がまはつた頃、一人の男が黙つて入つて来た。そ
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