河原町の人達は皆自家の仕事をはふり出して川に出てゐた。彼等の悉くがこの時期には漁師になつたかのやうであつた。まるで諜《しめ》し合せたやうに同じ麦藁の大きな帽子をかぶつて、白いシャツを着こみ、魚籠《びく》と追鮎箱とをガタつかせながら、めいめいの家の裏口から河原に現れるのだつた。
何かしら幸福さうな緊張した面持で竿をさしのべ、青味を帯びてゆらゆらする水の流れ工合や、川底に見える黒い大きな沈み石や、時々ひらめきもつれては又見えなくなる鮎の影などにぢつと眼をこらしてゐる彼等の姿は河の上手から下にかけていたる所に見受けられた。それは服装の似通つてゐるのと同じやうに身ゆるぎもしない立姿のために、ちよつと見たところではどこの誰だか殆ど見分けがつかなかつた。河瀬のだるげなどよめきと、絶えず通つてゐる爽やかな風と、空の高みに白く輝いたまゝぢつと一所から動かうともしない雲や、時たま強い風にあふられてさつと白い葉裏をひるがへす対岸一帯の草木や、その風はもう終つたかと思ふと又下手の方で白い葉裏のざはめきが起つて、それは何か眼に見えない大きな手によつて撫《な》で上げられてでもゐるかのやうに、次々と対岸の急
前へ
次へ
全281ページ中154ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
田畑 修一郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング