構だ」
 胡坐をかいた道平は今膝小僧までまる出しにしてゐた。それも日に焦げてゐる。
「おい、お茶を入れてくれ」
 と、房一が台所に声をかけた。
 黒光りのする戸棚の蔭からびつくりしたやうな義母の円つこい眼がのぞくと、
「おや、いつのまにそこに来てなさつたかね。お茶ですか、上げますとも」
 体が、と云ふより声が引つこむと、代りにそこに姿を現したのは盛子だつた。すると、うす暗い台所の板敷の上に眩しいやうな、うすい葉洩れ日のやうな気配《けはい》が立つた。
 茶器を持つてこちらへ近づきながら、盛子自身も何となく眩しいやうな目つきをしてゐた。それは彼女に溢れてゐる若さだつた。その声で想像させたやうな細身ではなく、むしろ中肉だつたが、背が高いので一種の優しみが現れてゐた。
 控へ目に坐つて、注いだ茶碗を盆の上に揃へると、
「はい」
 と云ふ、思ひがけないほどはつきりした声で差し出した。そして、又淡泊なさつさとした足どりで台所の方へ去つた。
「開業日はいつかの」
 道平はゆつくりと首を動かして訊いた。
「別に何日からでもないんです。今日からでも――」
「挨拶みたやうなことはもうしたかの」
「まあ、葉書でざつと町内に出しときましたがね」
「ふうん」
 道平は納得したやうにうなづいたが、又ゆつくり身体を坐りなほすのと一緒に、
「それは、まあ、都会風でいけばそれでいゝわけだが」
 房一は目を上げて注意深く道平を見た。
「あれですかね、やつぱり自分で歩かなくちやいけませんかね」
「いかんと云ふわけもあるまいさ」
 道平はまるで大きな輪がゆつくり廻つてゐて、その一点の結び目が眼の前に現はれたときにやつと口を開くかのやうであつた。
「まあ、――上の町の大石さんとこ位は行つとくのもよからうが」
「なるほどね」
 又とぎれた。
「なにしろこんな狭い田舎ぢやから、何事もねつう[#「ねつう」に傍点]やる。それをやらんと後がうるさい。自然評判を落すといふことも起るかな」

 道平はそのまゝ夕食を招《よ》ばれて、ゆつくり腰を落ちつけてゐたが、夜ふけ近い頃になつて、ひよつこり
「さあて、帰るかな」
 と云つた。
 義母は明日も片づけ仕事が残つてゐるので泊つて行くことになつた。
「もう遅いんですよ、おぢいさん。泊つてつたらどうです」
 しきりにすゝめられたが、道平は縁側に出て、いつのまにか下してゐた着物の裾
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