でしたな」
房一が云ふと、喜作は突然びつくりするほど大きな口を開けて笑つた。
「いつこちらへお帰りでしたか」
「いや、あの晩の、ほんの三二日前です」
「ちつとも知りませんでしたよ」
「なに、ろくでもない用事で帰つたもんですから、どこへも失礼してゐたんです」
あのことだな、と房一は思つた。訊いてどうかな、とは感じたが、相手があまりさつぱりしてゐるので、
「訴訟があるさうで、面倒なことですな」
と、云つた。
「さうです。相談があるからと云ふんで帰つて来たんですが、僕なんか何も問題はありませんよ。返すものがあれば、いつでも返します。何もないんですよ。家と、田地が少し。それも抵当に入つてゐますよ。僕がしたわけぢやない。兄貴が選挙の費用だの何だので金が要つたのでせう」
「さうですか」
答へながら、他人ごとのやうにずばずば何でも話してしまふ喜作の飾り気のなさに、驚いてゐた。
一息に話してしまふと、喜作は依然としてさつきのまゝの姿勢で、いかにも気持よささうに、あのごつごつした、年に似合はず毛のうすい頭をむき出しに日にさらし乍ら、遠く河下の方に開けた空と、その下に低く横はつてゐる丘陵地に目を放つてゐた。
「それで、近く片づきさうなんですか」
「いや」と、喜作は相変らずきつぱりと、煩《うる》さがりもせず答へた。
「まだなかなかでせう。永いこつてすよ」
房一は思はず笑ひ出した。
喜作と別れてから、房一は歩きにくい足もとの円石に目を落して何となく考へこんだ風に歩いて行つた。
「永いこつてすよ」――そのきつぱりとし、そのためにかへつて本当の永さを、あのつきることのない、何かしらにみちた前方の日々を現してゐるその云ひ方が、ひどく房一の頭に残つてゐた。
それはさうだ、永いことにちがひない、と房一はゆつくりと歩きつゞけた。多分、彼は彼で、自分のこれからの生涯を、その計りがたく、茫漠とした行手を見てゐたのだらう。
[#地から1字上げ](昭和十六年四月)
底本:「筑摩現代文学大系 60 田畑修一郎 木山捷平 小沼丹集」
1978(昭和53)年4月15日初版第1刷発行
1980(昭和55)年7月30日初版第2刷発行
初出:「医師高間房一氏」砂子屋書房
1941(昭和16)年4月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくって
前へ
次へ
全141ページ中140ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
田畑 修一郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング