房一の心を見透すやうな、捕へがたい、鋭い盛子がのぞいてゐた。多分、それは房一の思ひちがひだつたかもしれない。だが、彼はそこに、やさしい、けれども何となく苦手なものを感じてゐた。
 だが、まつすぐに話を進めよう――彼がその話を嫌がつたのは、人によつては精神の分裂を招き易い、あの二重な意識と名づけるべき鋭い意識のバネのせゐだつた。読者は房一の幼時から彼の額に現れた一本の深い皺と、彼がしばしば陥る沈思の様子を記憶されてゐるだらう。空想家ではなかつたにもせよ、彼には事態の真底を見抜く直観力があつた。恐らく誰もまだ気づいてゐないうちに、彼はその人の持ち上げにかゝつた所に迂散臭《うさんくさ》いものを嗅ぎつけた。たとへ思ひがけないはずみで捲きこまれたことだつたにしても、彼は自分の中に一脈の危険さを、彼を生かすのもそれだが亡《ほろぼ》すのもそれだ、といつた風なものを感じてゐた。それは別にはつきりとしたことではなかつた。が、少くとも彼の意識の穂先には微妙にふれてゐるものだつた。

 だが、その幾日かも過ぎると、又あの、恐るべき変化を蔵しながら一見何一つ変つたこともないと感じさせる、単調な何気ない日々がつゞいた。何かしらはつきりし、又何かしらとりとめもなく、空は冷い輝きを増し、山々の稜線はかつきりとし、葉の落ちつくした雑木山はずつと遠くのものまでが殆ど信じられないくらゐの細かい枝を無数に目に見させ、ブラッシの毛並みのやうな渋い赤褐色をどこまでもどこまでも拡げてゐた。
 房一は近い往診の帰りに河の石畳みの土手をつたつて歩いてゐると、広い河原を前にし土手沿ひの小高い畑地の端に立つて、特長のあるごつごつした頭骨を露《あら》はにし、両手を帯の前にはさんだまゝ、殆ど反《そ》り身に立つたまゝあたりを眺めてゐる男を見た。
 紛《まが》ふことなく、それは神原喜作だつた。
 房一はあの騒ぎの晩、土手に駆け上つた瞬間高張提灯の明りで見合つた喜作の、禅坊主めいた精悍な顔が、その後度々会つたにもかゝはらず、妙にその時の顔だけがいつまでも印象に残つてゐた。
 喜作の方でも、房一の来るのを認め、
「やあ。先日はどうも」
 と、微笑しながら頭を下げた。
 今日見るその顔は、色こそ黒かつたが、地蔵眉の、眼もそれに釣り合つて細い糸を引いたやうにやさしかつた。だが、その声には何かきつぱりした、率直さが感じられた。
「閉口
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