二度傾斜で滑り、殆ど転んだかと見えたが、間もなく身体を起した時にはもうその場所に立ちはだかつてゐた。
「何をするかつ」
 すさまじい怒気のやうなものが、房一のあらゆる部分に燃え立ち、彼のいかついむくれ上つた肩は二倍も大きくなつて見えた。それに圧倒されたものか、物音は止んで、房一が何かしきりと云つてゐるのが聞えたが、間もなく二三人がごそごそ土手を降りて行つた。
 それで一たんは静まつたやうではあつたが、その中にはかへつて不気味な気配《けはい》が潜《ひそ》まつてゐた。黒くかたまつた人達はその場を去らうとはしなかつた。房一が向ふへ行つてゐる間に、構内の人影はすつかりゐなくなつてしまひ、黒い建物の奥にちらついてゐた官舎の明りも見えなくなり、焚火も消されたが、それはしばらくするとちよろちよろと又燃え立ち、人気のなくなつた構内の庭を少しばかり明くしてゐた。が、下方では殺気立つた空気が暗らがりの中に暗く、圧するやうに籠つてゐた。あちらこちらに人はかたまり、がやがや云ひ、或る塊りは黙りこみ、その間を何人かが動き廻つてゐた。ふいに、投石したのかそれとも何か中の人が躓いたのか、建物の方でチヤリンといふ硝子《ガラス》のこはれる音が立つた。一所では焚火がはじまつてゐた。それは猛烈な勢ひで高く燃え上り、かこんだ人達の顔を赤鬼のやうに照し出した。が、すぐに制止され、小さくなつたが、又しばらくすると以前にまして燃え立つた。方々に大きい焚火、小さい焚火がはじまり、そのまはりに集つた人達はもうどうしても動く気配はなかつた。
 その間に、房一は駆けつけて来た駐在所の加藤巡査としやがみこんで、しきりと善後策を講じてゐた。傍には練吉も、神原喜作も、小谷も、それから徳次の顔まで見えた。徳次はきよろりとした眼を一層大きくし、加藤巡査と房一とが話す様子を熱心に見まもり、時々うなづき、口をもごもごさせて、何か云ひたげにしてゐた。加藤巡査はさつきから人々の塊りの間を説得して廻つてゐたが、無駄であつた。今や驚くほどの寒さが感じられたにかゝはらず、加藤巡査の顔は疲労し、汗を浮かべ、しきりに手真似を入れて話してゐた。明かに出張所側の手落ちだつた。が出張所の側では門を固く鎖ざし、どこかへ引きこんでしまつてゐるので、話のつけやうがなかつた。
「高間さん、ひとつ何とかして引上げさせて下さい。このまゝでは――」
 と、加藤巡査は
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