のことが僕にはよく判らないんだ」
「ふむ、ふむ」
練吉は意外なことを耳にしたといふやうにちよつと房一を眺めたが、熱心に聞いてゐた。
房一の老父、道平が二三日前に倒れたのだつた。そして、今、練吉に対診を求めて来たのである。
「いや、危険はまづない見込だ。だが、何と云つたらいゝか――」
その時、突然練吉は、房一がさう云ひかけたまゝ当惑した表情になつたのを見た。
「なにしろ、迷ふんだな」
房一はいかにもそれがやり切れない、と云つた風に吐き出すやうに云つた。つゞけて、
「かう云ふと、君は笑ふかもしれんが、自分の親だの子だのいふ者を診るのはじつに困るんだ。なんだかそはそはしてね」
実際、練吉の滑つこい気持よくふくらんだ頬には、その時ちらりとした微笑の影がさしてゐた。
「いや、さういふことは人によつてはあるんだよ」
と、練吉は急いで云つた。
「まあ、とにかく、御迷惑かもしれないが、一度御足労を願ひたいと思つてね」
「あ、いゝ、いゝ。なんでもありやしない。今すぐ行かう」
練吉は立ち上つた。正文の代りに往診をたのまれてもあんなにいやいやだつたにもかゝはらず、今の彼はまるで打つて変つた気軽るさだつた。
五
風はすつかり途絶えてゐた。
もう日盛りの時刻はとつくに過ぎてゐたとは云へ、半ば傾いてそのためによけい濃くなつた日ざしは河原町の上に、それに沿つてゆるく曲つた川、周囲の山地の上に、こゝぞといふ風に照りつけてゐた。
そして、こんなにはつきりした明るさの中で、もう十分に伸びつくした草地だの山地の樹木は、やたらにもくもくし、ぢつと息をつめてゐるやうであつた。それは全体に黒つぽい様子をしてゐた。そのいくらか濁つた、一杯に成長し切つたことを示す黒味の中には、何かしらすぐ傍までやつて来てゐる九月の爽やかさを感じさせるものがあつた。
練吉と房一は、川沿ひの路を、肩を並べて自転車を走らせてゐた。
「ドイツの潜航艇が又イギリスの商船をやつつけたさうですね。――なにしろ海の底をもぐつてゐて、ぽかつと出てくるんだからねえ、やられた方ぢやさぞおつたまげるだらうなあ」
練吉はさつきから一人で喋つてゐた。
ドイツ潜航艇の英商船撃沈はその年の一月頃からはじまつてゐた。日本も交戦国の中に入つてゐたにちがひないが、商船の被害も大したことはなく、日本の艦隊は太平洋方面に出動してゐ
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