。目の上の瘤がなくなつたから、いよいよ本性を出したといふところだらう」
「それあ、しかし、何だな、知吉さんも今まで不服だつたのをこらへてゐたんだな、何分かの理窟はあるわけだね」
「ふむ、毛嫌ひされて、孫ができてからやつとこさ婿養子になつたんだからね。――しかし、今ぢや正当な相続人だから、喜作さんに分けた分も自分の物だといふ理窟なんだね」
「何でも大分前からこゝの御隠居にかけ合つてゐたさうぢやありませんか」
「理窟があるやうな無いやうな話でね。こゝの隠居は相手にならなかつたから、たうとう訴訟といふ所まで来たんだらうが、何しろ相沢の先代とこゝの隠居とは兄弟だしね、――どんな理窟があるにしてもあまり賞めた事ぢやないね」
「知吉さんはこれまで散々踏みつけられて来たんだから、自分が戸主になつてみるとこれまでの腹いせといふ気もあるんでせうな」
「まあ、それあ――」
その時、千光寺の住職がひよろ長い姿を現はした。彼はたつた今さつき剃《そ》つたばかりのやうな青いつるつるな頭をしてゐた。今夜の主役だといふ意識がさうさせたのだらう、もつともらしい儀式ぶつた表情のまゝ、彼は集つた人達には目もくれずにまつすぐに仏壇の前に進んだ。だが、そのひきしめたつもりの口もとにはあの真白い偉大な反《そ》つ歯《ぱ》がのぞいてゐた。
読経がはじまつた。皆話をやめてその方を向いて坐り直した。
それは何かしら長い退屈な時間だつた。香煙はまつすぐに立ちのぼり、二尺ばかりの高さでゆらゆらし、蝋燭の灯はそれに答へるやうにまたゝいた。さつきまで思ひ思ひの世間話に身を入れてゐた連中は一瞬厳粛になり、それから放心し、今一律に無表情のまゝぢつとしてゐた。その中で、大石練吉は今も頭をまつすぐに持ち上げて仏壇の方を眺めてゐたが、間もなく千光寺の住職の剃り上げた後頭部に人並外れて骨が突出し、その下にぺこんとした凹みのできてゐるのを発見し、しきりとそれを見つめてゐた。
あの坊主は前からあんな頭をしてゐたのかしらん。――さう云へば、子供の時分いつしよに遊んでゐるとき見たやうに思つた。――練吉はそんなことを考へてゐた。
今泉はうつむき気味に、すぐ前に坐つてゐる庄谷の背中を見つめてゐた。するとその肩に一本の糸屑がくつついてゐるのに気づいた。彼はそつと手を伸してつまみ上げた。庄谷はうしろをふり向いた。その白味の多い小さい目で無意味
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