んだ眼で今迎へたばかりの客を見た。
それは直造が案内状を出す間際になつて心づき、入念に考へたあげくに呼ぶことにした高間房一だつた。
読経《どきやう》はまだ始まらなかつた。
三間つゞきの奥座敷では蝋燭だの燈芯の明りで照し出された仏壇を前に、来客達が思ひ思ひの所にかたまつて坐つてゐた。
「さうですよ、あんた。銅の値が上つたさうですね、昨日も九州の方から礦山師が赤山を見に来たんです。あの山ぢあね、随分家屋敷をなくした者があるんですがね」
恐らくその一かたまりでは赤山廃坑の話がさつきから賑かだつたのだらう。さう勢ひこむやうな調子で喋つてゐたのは富田といふ仲買だつた。
「あの山に田地を注ぎこんで裸になつたのは三人、わしも知つとる」
傍にゐた赭《あか》ら顔の老人が低い声で云つた。
「三人どころぢやない、五人も十人もある」
富田はすぐ又自分の方に話をひきとつた。
「それあ、もう、掘つても掘つても屑みたいなものしか出ないつて云ふんだがね。まあ、天領の時分に良いところはそつくり掘り上げてしまつたんだらうね。その山をまだ見所があるつて云ふんだから、あてになるやうなならんやうな話だあね」
「君は昨日その九州から来た連中を赤山へ案内して行つたちふぢやないか」
横合から冷かすやうに口を入れたのは雑貨店の庄谷だつた。痩せた上に黒く日焼けがし、固く乾いたやうな顔には小さいが白味の多い眼がいつも人を小莫迦《こばか》にするやうに閃いてゐた。彼はさつきもその眼で入つて来たばかりの房一を見、房一が挨拶すると「あン」といふやうな声を出しただけで、すぐに話に聞き入つてゐたのだつた。
「いやネ、誰か赤山のことに精《くわ》しい者はゐないかつてんで、わたしの所へ来たのですね。まあ、案内するにはしたが、あの連中と来たら地の底でも見えるやうなことを云ふんで呆れたところですよ」
「何だらう、山師を煽《おだ》てて又一儲けしようてんだらう」
わきから又誰かが冷かした。
「とんでもない、わたしの持山ぢやあるまいし、こつちは間で口を利いても礦山のことは素人《しろうと》だし、向ふは専門家でさあね。そんな煽てにのるやうな連中ぢやないよ」
富田の仲買は表向きの商売ではなかつた。彼には小造りではあつたが格子戸の入つたしもたや風な家もあるし、山林や田地も人並みには持つてゐた。だが、それも地主として納るほどではない。用が
前へ
次へ
全141ページ中65ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
田畑 修一郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング