浮ッ下ろされる。彼女らは、ボア・ドュ・ブウロウニュへでも散歩に行くつもりで澄し込んだのだ。みんな、これから探検しようとする異国空気の期待に上気して、頬を紅くしている。どの小舟も、そういう女達を満載して、用もない嬌笑とはしゃ[#「はしゃ」に傍点]いだ歌声が水面を流れる。
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〔Pardonnez a` mon bavardage
J'en suis a` mon premier voyage.〕
[#ここで字下げ終わり]
 BRAVO!
 形式として、一まず税関の柵内を通り過ぎる。
 ち・ち・ち・ち――と手のなかの土耳古銀《ピアストル》を鳴らして往手に立ち塞がる両替屋の群、掴み掛るように乗用を促す馬車屋の一隊、それらを撃退して市街へ出ると、町角、店先、往来のいたるところに同じ船の連中が三々伍々している。寄港は、長い航海中での祭日だ。誰もかれも必要以上に着飾って、石炭の風と起重機《クレイン》の唸りの本船から脱出して来たらしい。
 婦人客たちは、久しぶりに帽子をかぶったので、すっかり顔違いがしてまるで別人のようだ。みんな悪戯《いたずら》好きらしい眼つきをして歩道の石畳を蹴っている。
 私達の一行も、児童のような驚異と好奇で一ぱいだ。
 やあ! 来たぞ! 来たぞ! アラビヤ人が来たぞ! うふっ! 堂々たる髯だなあ!
 そうかと思うと――。
 あ! 何だいあれあ! え! 埃及《エジプト》の女だって? 鼻柱へ輪のついた棒みたいな物を立てて、黒いヴェイルを垂らしてるじゃないか。おい君、そばへ寄ってそのあらたか[#「あらたか」に傍点]なヴェイルを引っ張ってみたりしちゃあいけないよ。だから外国人は下品だって言われるんだ。黙って遠くから感心して居給え。通る人が笑ってるじゃないか――。
『あのアラビヤ人は贋《にせ》ものね。』
『なぜ?』
『だって駱駝《らくだ》に乗ってないじゃありませんか。』
 なんかと、きょろきょろ立話していると、その問題のあらびや人が引返して来て、そっと私の肘を突ついた。そして「堂々」たる白髯の奥から彼がささやく。
『旦那《マスタア》! 春画《オブシイン》! 春画《オブシイン》!――ちょっと婦人方に背中を向けて、まあ、一眼でいいから私の手許を御覧なさい。ほう! これ! 素敵だね! え? 早く! 旦那《マスタア》、春画《オブシイン》だよ、ほら!』
 辟
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