リ製」でなく、「|手造り《ハンド・メイド》」でなく、「機械による多量生産」であるために、たった十三志なのだ。これほど私のこころを打った東西文化の方向の相異はない。じつによく両者の食いちがいをあらわしていると思う。これを言いたいためにのみ、長ながとこのエピソウドを書いて来たのだが、煎《せん》じ詰めると、いたずらに先方の真似をしないで、わが特長を伸ばして往く以外に、私たちの進展の途はないということになる。
このトランクは非常に重宝した。木箱や弾薬箱は、送って来て日本へ着いてしまうと、毀《こわ》してお風呂の薪《まき》にするくらいの用途しかないが、トランクなら、物を入れて保存して置くのに子々孫々まで役に立つ。
これらのトランクは、当分私達の家に異彩を放つことだろう。書物とは限らない。英吉利《イギリス》から何か送るには、迷わず繊維性《ファイバア》のトランクに入れることだ。
2
さて、これでいよいよ帰国の途に就けるというんで、喜び勇んでいると、またしてもここに一大事件が勃発した。
旅券《パスポウト》を紛失したのである。
そもそもこの旅券たるや、海外における唯一の身分証明であって、国籍による必要の保護も、金銭関係の保証も、その他すべて公式の場合には、一にこの緑色の小冊子が日本帝国としての口を利くんだから、天涯の遊子にとっては正《まさ》に生命から二番目の貴重品である。第一、これがなくては英吉利《イギリス》を出ることも船へ乗ることも出来ず、完全に身動きが取れなくなってしまう。それほど大事なものを失《な》くするなんて実に愚《おろか》な話だが、旅行中は虎の子の信用状や現金の英貨――旅行に持って歩くには、五|磅《ポンド》乃至十|磅《ポンド》のいぎりすの紙幣が一番いい。相場によって高低することもすくなく、どこででも簡単に両替出来るから――と同居させてしじゅう肌へつけていたんだが、それが、もう帰国すれば用がなくなるというんでそこらへ投げ出して置いたのが誤りの因《もと》らしい。すっかり荷作りを済ましたあとで、旅券の無いことを発見したのだ。
一体旅行もいいが、出発ごとの|荷作り《パッキング》ほど嫌なものはない。西洋人はいい加減に誤魔化してしまうが、日本人は、日本人らしい丹念さから、細かい隙間まで利用して実に能率的に詰め込む。あまりに能率的過ぎてかえって能率が上らないようだ
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